チャーリー・チャップリンの名言

チャーリー・チャップリンプロフィール

1889年4月16日、ロンドンに生まれる。

両親はともにミュージック・ホールの俳優であったが、チャップリンが1歳のときに離婚。

チャップリンが7歳のころに母は精神に異常をきたし施設に収容される。

チャップリンは4歳違いの異父兄と孤児院や貧民院を転々としながら、家計を支えるために床屋、印刷工、ガラス職人、新聞の売り子、パントマイム劇などの職に就く。

チャップリンは19歳のときに名門劇団に入り、一座の若手看板俳優となる。

アメリカ巡業の際に映画プロデューサーの目にとまり、チャップリンは25歳で映画デビュー。たちまち人気者となる。

第二次世界大戦後、東側諸国との冷戦が始まったアメリカでチャップリンの作風が共産主義に理解を示していると非難される(赤狩り)。

1952年、63歳のときにアメリカから国外追放命令を受け、チャップリンは米国と決別。

映画出演もめっきり少なくなるが、スイスに移り住み幸せな晩年を送る。

1972年、米国アカデミー賞授賞式に出席するため、20年ぶりに米国の地を踏む。舞台に登壇したチャップリンはスタンディングオベーションで迎えられた。

1977年12月25日、チャールズ・チャップリンはスイスの自宅で88年の生涯を閉じた。

チャーリー・チャップリンの名言

A day without laughter is a day wasted.

(笑いのない1日は、無駄な1日だ)

いいかい、もし、良いと思ったら、どうやろうかなどと決して心配するな。
つまり直感だよ。

何のために意味なんか求めるんだ?
人生は願望だ、意味じゃない。

下を向いていたら、虹を見つけることは出来ないよ

このひどい世の中、永遠のものなんてないのさ。
我々のトラブルさえね。

 

私たちは皆、互いに助け合いたいと思っている。
人間とはそういうものだ。
相手の不幸ではなく、お互いの幸福によって生きたいのだ。

 

連中の恨みもやがて過ぎ去り、独裁者らも死んでしまう。
そして連中が人々から奪った力は、人々に戻される。
そして連中が死んでしまう限り、自由が失われることは決してない。

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